D-Wave SystemsによるD-Waveの発表によって、実用的な量子コンピュータ開発の世界的な競争が始まっている。
D-Waveは、組み合わせ最適化問題の計算に特化。すでに、グーグルによるまばたき検出ソフトの開発、ロッキード・マーティンやNASAによる航空機の制御ソフトのバク検出や系外惑星探索などに使用されている。
今後の応用として、タンパク質の安定構造を算出して複雑な医薬品や肥料を合成することや、D-Waveを機械学習の変数選択やクラスタリングに使用して人工知能を開発するなどが考えられる。
一方で、D-Waveに代表される量子デバイスは、熱や環境によるノイズの影響を受けやすく、熱による揺動を軽減する技術や誤りを訂正する技術の進展が求められている。
ナノスケール量子冷却器
この問題への対処に有望な技術として、アールト大学の研究チームは、量子コンピュータを冷却するための、ナノスケールの量子回路で構成される冷却器を開発した。論文は2017年5月8日、「Nature Communications」で公開された。研究グループは、単一電子のトンネル効果によってトンネルした電子が、環境からエネルギーを奪うことを利用しようと考えた。そこで、冷却器を厚さ2ナノメートルの絶縁体と接着し、冷却器の電子に電子がトンネルするエネルギーを僅かに下回るエネルギーを与えるのだ。すると電子は、近くの冷却対象からエネルギーを奪い、対象はエネルギーを失って冷却されると予想できる。
グループは、量子ビット状の超伝導共振器に適用し、共振器の冷却を確認。また結果は、理論計算と定量的に一致したという。また冷却器は、トンネルする電子のエネルギーを調節することにより、冷却を停止することも可能とのこと。
この冷却器により、量子ビットを計算開始時にまとめて初期化するだけでなく、量子ビットを必要に応じて冷却できる可能性がある。それは、量子計算の有害なエラーを取り除き、誤差を減らす技術につながるとしている。
量子メモリへの応用
また、量子メモリへの応用も考えられる。量子メモリは無数の量子ビットから構成され、量子ビットは量子ドットや超電導量子ビット、スピンなどで実現される。これらの量子ビットをメモリとして使用する場合、物理系ごとにビットの初期化や読み書きの方法は異なる。このような量子ビットの制御装置として、今回の冷却器は使い勝手が良さそうだ。ナノスケールの冷却器は、1つの量子ビットごとに設置できる可能性があり、個々の量子ビットのエネルギーをある程度制御できるのはインパクトが大きいと思う。
関連情報
アールト大学(Aalto University):
フィンランドのヘルシンキにあったヘルシンキ工科大学(1849年創立)、ヘルシンキ経済大学(1904年創立)、ヘルシンキ美術大学(1871年創立)が合併してできた公立大学。参考リンク:
- ScienceDaily: Refrigerator for quantum computers discovered
- Nature Communications: Quantum-circuit refrigerator
- 量子アニーリング by 西森 秀稔
- ライフハッカー[日本版]:「量子コンピュータ」はなにができるのか? 人工知能との組み合わせで広がる可能性
- 不確定な世界:量子コンピュータの基本素子・量子ビットのハードウェア実装(シリコン編その3~データの初期化と読み出し~)
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