国連による2014年の試算によると、世界中で、推定7億6800万人が安全な水を利用できず、35億人が水に関する何らかのストレス下で生活しているという。しかし世界の水需要は、産業の発展によって2050年までに約55%増となり、世界の人口の40%が水資源に制限のある地域に住むことになると予想されている。
しかしながら水資源を生みだす従来の技術、下水などの汚染水の処理技術、河川や地下水の資源回収技術、海水淡水化技術などは、地理的条件や大規模な投資を必要とし、事態を打開する技術としては不十分だ。
空気から水を抽出する技術
そこで考え出されたのが、空気中から水を抽出する技術である。アフリカのナミブ砂漠に棲む甲虫を参考にした技術では、微小な凹凸で覆われた甲虫の翅を模倣。親水性と撥水性を兼ね備えた表面加工によって、自動的に水を吸着し、タンクに流して集める。
この技術は、同様の性質を持つ網を積層することによってさらに性能を上げ、実用化が始まっている。アタカマ砂漠にある海岸沿いの山では、そこで発生する濃霧から1日最大12リットルの飲み水を生成し、エチオピアでは、1日に約50〜100リットルの水を集められる安価な給水塔が使用されている。
しかしこれらは、どれも海風や濃霧、高湿度の大気を必要とする。一方、この技術が使えない乾燥した地域では、空気を冷却することにより水を収集する方法も行われている。しかし、冷却するためにはエネルギーが必要であり、エネルギーを得るためにはしばしば大量の水を必要とする。よって、この方法は資本のある国だけでしか用いることはできない。
全湿度対応の水抽出技術
このような状況の中、マサチューセッツ工科大学(MIT)とカリフォルニア大学バークレー校(University of California, Berkeley)の研究チームは、湿度によらず、太陽熱だけで動作する、大気からの水抽出技術を開発したと発表した。この技術では、金属有機構造体(MOF)と言われる、人工的に合成された多孔質体を用いる。それはMOFが、内部表面積が大きいスポンジ状の構造をもち、化学成分の調整によって表面の性質を親水性や吸水性に自由に変化させることができるからだ。
研究チームは、夜間はMOFに水分を吸収させ、昼中にMOFの水分を収集する装置を作製した。その装置は、密閉可能で上面に日光を取り入れる窓がある箱と、箱の下に取り付けられた水を貯めるタンクから成る。チームは、MOFの上面を太陽熱を吸収するために黒く塗って箱の上内側に貼り付け、箱の下内側に蒸気を液化する凝縮器を取り付けた。
この箱を夜間開けたままにすると、MOFは外気から水分を吸収。そして日中、箱を密閉すると、太陽熱によってMOFの上面が熱せられ水蒸気が遊離、水蒸気は凝縮器へと向かい液化してタンクへ流れる。
これらの反応は、箱の開閉以外すべて自動で、湿度20%の大気でも1kgのMOFから1日2.8リットルの水を生成するという。しかもMOFは、その特性を様々に変化させられるため、全水分濃度から水を抽出するのも夢ではないとしている。
コストの問題もすでにクリアしてるようだ。この実験で用いたMOFは、ジルコニウムという1kg当たり150ドルの高価な素材から成る。しかしチームは、ジルコニウムを安価なアルミニウムで置き換えるMOFの設計に成功しているというのだ。アルミニウムは、1kg当たり1.5ドル程度とのことなので、早期の実用化が見込まれる。
導入されたときの環境変化は?
しかし、このような技術が広範に導入されたときの環境変化も気になるところだ。オアシスや地下水脈の消失、河川の流量低下など様々な影響を想像できる。しかし、井戸の枯渇による地盤沈下のような事象と異なり、大気への影響を予測するのは極めて困難で、やってみないとわからないところがある。
そのため、この技術を導入するときは実地検証を繰り返し、広い範囲の大気を調査する必要があるだろう。また、何か起きたときに対応できるよう様々な代替技術も準備しておくことが重要だ。
さらなる想像を膨らませるなら、ある国へ大量に導入されたMOFの水抽出により、隣国の重要河川が干上がり、戦争が勃発するなどといった近未来SFさえ思い描ける。このMOFによる水抽出技術は、それほどにインパクトがあるように思えるのだ。
関連情報
多孔質体が物質を吸着する原理
多孔質体は、水などの物質を吸着しやすい。それは、中性物質が寄り集まると電気的に安定することに因る。中性分子は、一分子としては中性でも、互いに近づくことによって、電子分布を再分布させ(電気双極子を誘起)、電気的に引き合うようになる。ファンデルワールス力と呼ばれるこの引力によって寄り集まった中性物質は、一分子で存在するよりも安定化する。
その安定化は、中性物質から成る壁と一つの中性分子との間でも成り立つ。多孔質体は、物質内部に広大な壁を持っていると見做せるので、高い吸着力を持つと考えることができる。
【ウィキペディア:物理吸着】
参考リンク:
- 国土交通省:世界の水に関する和訳資料
- WIRED.jp:大気から自動的に「吸水する水筒」:砂漠に棲む甲虫がヒント
- WIRED.jp:空気中の水分を飲み水に変えるシステム:MITが開発
- WIRED.jp:空気中の水を集める竹の塔、エチオピアで実証試験へ
- MIT News: Water, water everywhere … even in the air
- Science: This new solar-powered device can pull water straight from the desert air
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