人工頭脳を目指したシナプス素子の開発――メモリスタによりニューロンとシナプスの動作を一部再現

ニューロンのネットワークの画像

人工知能の発展における、最終的な目標の一つに人間の脳を再現するということがある。

脳は、大脳、小脳、脳幹から構成され、大脳はウェルニッケ野や視覚野など、特定の機能をになう部位に分けることができる。そんな複雑な脳ではあるが、微細な構成要素は、ほぼニューロン(神経細胞)とグリア細胞だけだ。そして、ニューロンは互いにシナプスという部位で接続してネットワークを作り、グリア細胞は脳内の恒常性維持を主要な働きとしている。それゆえ、人間の知能と言うべきものは多数のニューロンによって構成されるニューロンのネットワークによって、実現されていると言ってよい。

ニューロンのネットワークを模倣する試み

このニューロンのネットワークによる機能を一部ソフトウェアで実現しようとしたのが、ニューラルネットワークをモデルとして用いたディープラーニングなどの人工知能の技術である。しかし脳は意外と高性能らしく、スーパーコンピュータ「京」によっても、生物学的には1秒間に相当することに40分もかかるという。このように、ソフトウェアで人間の脳の働きを模倣するのには、未だ様々な壁がある。

計算資源の限界を見越し、ハードウェアの開発によって脳の働きを模倣しようという試みも存在する。それは、ニューロン素子とシナプス素子の開発であり、そのネットワーク化の実現である。そのシナプス素子として期待されているのが、メモリスタと呼ばれる過去に通過した電流に依存して抵抗を変える電子素子である。

メモリスタは、長期記憶、つまり学習と記憶の生物学的メカニズムを模倣できる可能性がある。脳においては、情報の入力頻度が多いと、ニューロン間のシナプスが変化して結合が強まり,情報が記憶され、逆に入力頻度が少ないと,結合が弱いままで情報は忘却される。この記憶のメカニズムは、電流が頻繁に流れた場合は抵抗を小さくし、流れない場合は抵抗を大きいままにすることで、メモリスタでも実現できる。

メモリスタを用いたシナプス素子

メモリスタの同様の機構を利用したシナプス素子の研究が、フランス国立科学研究センター(CNRS)/タレス(Thales)物理学共同研究所などによる研究グループから発表され、2017年4月3日に「Nature Communications」誌に公開された。

研究グループは、チップ上に薄い強誘電体を電極で挟んだ構造のメモリスタを作成した。メモリスタの抵抗は電圧パルスによって調整可能で、抵抗が低ければシナプス接続は強くなり、抵抗が低ければ接続は弱くなるという。それは、脳のニューロンとシナプスの動作を一部再現しており、自律的な学習を行うと報告されている。

メモリスタを用いたシナプス素子の開発は、異なる材料や構成で既に実現されていたが、シナプスのメカニズムを実現する物理的機構については、まだよく知られていなかった。しかし今回の研究では、作成したシナプス素子の動作を予言する物理モデルもまた考案されているという。

人工頭脳に向けて

メモリスタは既存の記憶素子よりも高速・低消費電力で、また演算装置としても使用できる。このような、既存の記憶・演算素子を超える電子素子の開発は、人工知能の高速化や大規模化だけでなく、次世代のパーソナルコンピュータや組み込み機器の進化までをも実現する可能性がある。

さらに未来を見越すと、人工知能を『2001年宇宙の旅』のHALのようなスーパーコンピュータではなく、『スターウォーズ』のC-3POのようなロボットに組み込むために、新たな電子素子は必須の研究であり、今後の進展が待ち遠しい分野である。

関連情報

フランス国立科学研究センター(CNRS)/タレス(Thales)物理学共同研究所

フランス最大の政府基礎研究機関であるフランス国立科学研究センターとフランスの大手電機企業タレス・グループによる物理学の共同研究所。イル=ド=フランス地域圏のパレゾーに位置する。巨大磁気抵抗の発見によりノーベル賞を受賞したアルベール・フェール(Albert Fert)が科学主任を務める。【Wikipedia: Unité mixte de physique CNRS/Thales

参考リンク:

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